2016年03月05日

日曜美術館 五姓田吉松 評価は気まぐれ、良い物が報われるとは限らないね

あらすじ

忘れられた天才 明治の洋画家・五姓田義松|NHK 日曜美術館

日本の洋画のパイオニア、高橋由一よりも早く油絵の技を極め、日本人で初めてパリのサロンに入選。明治皇室から仕事を依頼されるほどのすご腕を持った画家がいた。五姓田義松(ごせだ・よしまつ 1855−1915)。とにかく絵がうまい!明治の初め、義松の名は若き天才画家として知れ渡っていた。しかし、なぜかその名声はやがて忘れさられてしまう。一体何があったのか?!

迫真的な描写が光る「自画像」。義松は、10代の半ばで、すでに西洋絵画の写実表現を身につけていた。義松は10歳のとき、英国人画家・ワーグマンに入門。洋画の技を学び始める。そこへ1年遅れてやってきたのが30歳年上の高橋由一だった。義松は恐るべきスピードで上達。日本を代表する画家へと成長していく。人知れず鉛筆で描きまくったヘン顔の自画像から、若き日の探求が明らかにされていく。

現代のリアリズム絵画のトップランナー、諏訪敦さんは、死のふちにある母を描いた「老母図」に衝撃を受ける。生々しくリアルに描かれた母の姿。画家・義松が絵に込めた思いを探る。
さらに、25歳でパリへ渡ると、日本人初のサロン入選を果たす。その栄光は輝かしいはずだった。それがなぜ、後に忘れ去られていったのか。知られざる天才の足跡を追いながら、その魅力をひもといていく。

なぜ美術史で有名でないか?

要は、印象派がでてきて、黒田清輝らに評価が集まったのだ。

リンク先の老母の絵を見てほしい。これはゴッホより前にゴッホレベルに到達だそうだから、当時、評価できなかったんだろうね。筆致、叩きつけるよう。それは単なるリアリズムではない。それは評価されなかった。発表もしなかったのかもしれない。プライベートな名作だ。
忘れられた天才 明治の洋画家・五姓田義松|NHK 日曜美術館

諏訪さんは、引き離される関係を、絵で引き伸ばしたんだろう、と言っていた。感動的だ。

評価も修正すべきだと山下さんも言っていた。高橋由一と五姓田吉松が並び立つべきだと。

晩年の富士が好きだ

美しいじゃないか。晩年によく描いた富士。いいよこれ。

時代と寄り添いたいなら、評価者に寄り添うべきだ。

自分の道を行くのは、厳しい。その時代の評価だけが、全てではない。
未来の評価者を意識するのもいいことではないか。

解説していた学芸員の本がでている。

posted by 大河ドラマ『真田丸』感想を主に書くブログ at 15:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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